日経新聞の 2024.12.20 の記事によると、
人材大手のリクルートとパーソルキャリアでは、2024年4〜9月の仲介人数がそれぞれ5年前の3倍近くに達した
とのことです。これに便乗する形で「フリーランス、オワコン」といった言葉が SNS で取沙汰されていて、実際フリーランスから正社員に戻った方々の発信(動画、ブログ)も幾つか拝見しました。少し前の記事ではありますが、改めてこの件について個人的な見解を述べようと思ます。結論としては、こういった状況は当面増加すると考えています。
そう思った背景と企業側のメリット、正社員に戻るメリット、最後に僕個人としてはどう考えているかについて解説します。
複業転職
昨年(2024 年)から僕が利用している複業クラウドでは従来の「複業求人」に「複業転職求人」なる求人のカテゴリが追加されました。複業クラウドではそれ以前は特にそのような分類はなく、すべて複業求人、つまりフリーランスか副業する正社員向けに求人を掲載していました。新たに追加された「複業転職求人」とは社員になることを前提にお見合い期間として業務委託の仕事を受ける求人のことです。本記事ではフリーランスの社員採用を「複業転職」、複業転職を目的とした求人を以後「複業転職求人」と呼称します。
また、複業クラウドのプロフィールには転職意向度というものがあり、転職の意思があるか、その度合を選択することになります。そしてこれは定期的に更新を求められます。当時は気にしないというか、「めんどくせーな」くらいにしか考えていなかったのですが、振り返ってみると、この「定期的に更新を求める」あたりが複業転職求人について需要が高まっていたことを示していたように思えます。
個人的に複業転職がちょっとしたブームになっていると実感したのは 2024 年の夏あたりで、面接で社員になる意向を確認される機会がそれ以前と比較して格段に増えました。また、スキルシート[1]スキルシート:エンジニアとしての業務経歴書。システムの概要とポジション、使用した技術を詳しく記載するに加えて履歴書の送付を求められる機会が増えたことも大変違和感を覚えました。ちなみにフリーランスとして履歴書の提出を求められたことは、この頃が初めてで、独立して 3 年間そのようなことは一度もありませんでした。尚、履歴書を送った選考はすべて不採用となっています。これは恐らくフリーランスとしてだけでなく、同時に社員としての選考にかけられていたのかと思います。
また、通常の複業求人と思って応募したところ、「社員になってくれる人を優先したい」と言われて不採用になったり、選考を保留にされたこともあります。これについては、せっかく複業転職求人という分類ができたのに、敢えて複業求人として人を集めるということで、ちょっと不誠実に感じるところでもあります。
こういった経緯から企業、個人いずれにも複業転職の需要が高まっていることを意識するに至りました。
正社員に戻るメリット
正社員に戻るメリットに触れる前にそもそもフリーランスと副業正社員の母数が増えたことについて少し触れます。2020 年のコロナ禍でリモートワークが普及したことに加えて、コロナの影響により本業が滞るなどで副業や独立する人が増えたという経緯があります。時を同じくして、FIRE や経済的自立を配信する著名人が増えたことも要因としてあるでしょう。ランサーズの調査によると 2019 年時点で 1,115 万人 だったフリーランス + 副業ワーカーは 2021 年時点で 1,577 万人に増加しています[2]2023 年以降正しい数値は現状不明だが 2,000 万人を超えているという意見もある。但し、純粋な個人事業主は減少傾向にある、という見方もある。
この動向をフリーランスブームとする見方があるようですが、こういったブームの反動としてフリーランスから正社員に戻る動きになったのかと思われます。なんにつけ、急速に増えれば時間を置いて減少する、ということです。
こういった背景も踏まえてフリーランスから正社員となるメリットについて解説します。
収入が安定する【HOT】
これが最も大きな要因だと思います。
考え方にもよりますが、フリーランスの例をあげます。
例えばひとつのプロジェクトにフルコミットする(月 160 h 稼働)ケースを想定します。これは一見安定しているように見えますが、発注元が IT ベンダ[3]IT ベンダ:自社のサービスでなく顧客のサービスの開発を行う企業の俗称の場合、プロジェクトの作業が途切れるケースも多く、次の業務をアサインできない場合、一気に仕事を失うことになります。実際は個別契約で 1 ヶ月以上前の告知が義務付けられていて、「明日から完全に仕事がなくなる」といった事態になるとは考えにくいですが、リスクがあることに間違いはありません。
他には複数社から、月 40 – 80h 程度の仕事を受注するケースもあります(投稿者はこのケース)。この場合はひとつの仕事が途絶えても保険が効きますが、時短のプロジェクトは数が少ないので求職活動が難航することがあります。
一方で、言うまでもないことですが、会社員であれば、プロジェクトの参画状況に関わらず、一定の給与が支払われます。フリーランスとして営業で難航したり、収入が減少する or なくなるという体験をした人はこの恩恵がどれほどのものか実感できると思います。それほどにこの給与という仕組みは極めて安全といえます。また完全時給で働いているフリーランスであれば私用で仕事ができないとその分売上が減りますが、社員であれば有給もあるため、給与が減るという事態は滅多に発生しません。
社会保障と世間体の確保
まずは社会保障についてですが、介護が必要な家族や小さなお子さんを抱える、持病を持つ、などで定期的に仕事を外す必要がある場合、フリーランスであればその度に売上が減少します。また、そのような事情を受け入れてくれるプロジェクトばかりではありませんので、そもそも求人におけるハードルが上がることにもなります。そしてフリーランスが加入する国民健康保険には扶養の概念もなければ雇用保険(いわゆる失業保険)もありません。
会社員であれば有給に加えて、育児休暇などの特休により保証されることもあります。自分の身体が資本のフリーランスは、予期しない怪我や病気に対して日常的に備える必要があります。
後者の世間体についてですが、僕がたまたまみたブログと動画の内容で「フリーランスは世間体が悪く、モテない」ということが共通してあげられていました。思わず吹き出してしまったのですが、どうやらフリーランスのイメージは想像より悪いようです(笑)。
交際中や入籍後に独立する際に反対をされるケースがあると過去の記事で述べたことがありますが、交際前であればそもそも商談のテーブルに乗らないことすらあるようです(嘆)。
僕は入籍して 15 年以上、40 代で独立しているので、「モテる」かどうかは特に重要でないため、気にしたこともないのですが、若い方やパートナーを探している場合は深刻な問題になるかもしれません。
なぜそんなイメージを持たれているかを想像すると、やはり収入の不安定さ、実際業務委託の経験者が極端に少ないことによる偏見(無知から来る悪いイメージ)があるかと思います。投稿者は、もはや近親者と同じプロジェクトメンバ同士でしか話す機会がないため、僕自身は「フリーランスだから」という理由で卵を投げつけられたことも、フラレたこともありません。契約が終了したら次の日から一切の関係がなくなる、そういったシンプルな世界です。
ただ、一口にフリーランスと言ってもその範囲は広く、特定の専門分野を持たず、せどりや Uber Eats の配達員などの仕事を掛け持ちして生計を立てている人も多いです。こういったフリーランスが、もしかしたらフリーターの延長にみえて、なんとなく社会的地位が低いように感じるのかも知れません。僕はエンジニアでなければ怖くて独立できなかったと思うので、寧ろこういったフリーランスのほうがたくましいと感じます。それは同じフリーランスだから感じることで、実際問題、世間の意見は異なるようです。
キャリア形成
業務委託のシステム開発では学習という業務はなく、即戦力のみが求められます。「あなたは XX というスキルがありませんが、お金を払うので勉強してください」というケースはありません。XX というスキルがあるからそのプロジェクトに参画できるのです。つまり、手持ちのスキルを使うことが優先されるため、業務で使うスキルだけが磨かれて新しいスキルを身につける機会が極端に減ることになります。エンジニアであれば完全にスキルが一致するケースは少ないため、自分が得意なスキルを使ってプロジェクトに参画するものの、サブとして新しいスキルを学習しながら業務を進められる機会はあります。ちなみにエンジニアのスキルは業務経験 3 年程度でやっと一人前とされ、業務でなく自己学習の場合は何年経験があろうとそれは経歴としてカウントされません。そういった経緯もあり、まともなフリーのエンジニアは知見がないスキルに携わる機会があれば喜んで引き受けることになります。
独立前に充分なスキルを身につけていないと、業務でスキルを高める機会は得難いものです。会社員であれば業務として社内の研修や社外の講習を受けることができます。同じ会社のチームであれば先輩やリーダがフォローしながら新しいスキルを学習しながら業務を進めることもできます。加えて、どのような優先順位でスキルを身につけるかを会社が考えてくれるし、中長期的なキャリア形成も自分の希望に照らし合わせて計画することも可能です。現実的にそれがどこまで将来の安定を約束するかは別として、誰かと共有することで安心を感じることはあるでしょう。フリーランスでは自分のやりたいことや中長期的な目標などひとりで考え、実行に移す必要があります。基本的に不安がなくなるということはありません。
企業側のメリット
それでは企業側からみたメリットについて解説します。
スキル、人柄のアンマッチを予防できる
これに尽きると思います。複業転職求人であれば、まずは業務委託として実際に働いてみて、スキルや人格を判断できる材料が充分に確保できます。過去に採用の難しさについて触れたことがありますが、実際に仕事をするまで正確に能力や人柄を判断することはできません。企業は社員を強制的に退職させることが難しく、中途採用にかかるコストを考えると、やべえ人を採用した場合の被害は甚大といえるでしょう。これが予防できる複業転職求人は寧ろデメリットがほとんどないと言えます。
より高度な人材を採用できる
先程の「フリーランスモテない問題」と矛盾しますが、フリーランスエンジニアには業界内で以下のイメージがあります。
- 会社員よりスキルが高い
- 自営業者なので視座が高い(経理の知識もある)
- 自己管理能力が高い
これが実際その通りかと言うと、これはいつもの「人による」という話にはなります。特に後者 2 つはあまり会社員として重要な能力とは思えません。ただ、報告や会議の多い会社員と異なり、成果に集中して業務を行うフリーランスが同じキャリアの会社員より比較的スキルが高いことはあるかもしれません。そういったわけで中途採用より高いスキルのエンジニアが応募する可能性が高いと言えそうです。あくまで傾向の話にはなりますが、どのみち複業転職求人であれば能力の高さを確認する工程も踏めるので企業としては安心でしょう。
それでもフリーランスを続ける理由
ここまでみて、会社員がどれほど優遇されているか、メリットが多いか改めて確認できたと思います。しかし、この見出しの通り、僕自身の意見としては、家族が路頭に迷うことがない限り会社員に戻る気はありません。理由を以下に述べていきます。
収入が安定する【HOT】
敢えて正社員のメリットをここに取り上げています。
パレートの法則というものがあって、組織における 2 割の人材が 8 割の成果を上げているという理論になるのですが、僕はこれを原則と理解しています。会社組織もこれが当てはまると考えていて、2 割の頑張る人がほかの 8 割を養っているのが実態です。「養っている」というと語気が強いので少々ためらうところではありますが、会社は基本的な構造として、頑張る人を優遇するのでなく、頑張らない人を養護するようにできています。言われたことだけやる、なんなら言われたことすらできない社員は自分の給与と間接費稼ぐこともできません。それでも会社の経営が成り立つのは自分の給与と間接費を超える売上を上げる社員がいるためです。もちろん会社の看板で仕事をしている以上すべてが個人の能力によるものとは言えませんが、自分の売上をほかの社員に配布している、という事実に変わりありません。(間接部門の身分が低いとかいう意図はありません)
自分で言うのはなんですが、僕は会社組織においてはこの 2 割側にいるという自負がありました(笑)。これは僕の能力でなく、性格が要因なのですが、チーム内のことはすべて自分ごと、必要に応じてプライベートの時間を業務の学習やスキルアップに注ぎ込みます。繁忙期は残業もいとわず、閑散期はフレックスタイムを使って残業を相殺することもあります。「まずは会社の利益を上げて、自分の利益を得る」という理念があるためそのように行動しているのですが、それが会社に評価されることはありません。評価されるためには特定の上司や役員の目に止まる必要があり、そこから漏れるとやればやるほどに損をすることになります。とは言え、これがわかったところで手は抜けないので、見合った評価を受けない限り「やる気搾取」の構図を避けることができません。
また、自分で業務を選択することはできないので、どれだけやりたくないプロジェクト(レガシー開発や炎上プロジェクトなど)であっても会社の都合、主に営業力不足により、プロジェクトが終了するのを祈るしかありません。状況がそれほど悪くないプロジェクトだったとしても、そもそも単価が安い場合はどのような努力をしたところで業績を上げることはできません。その結果評価を得られないのですが、これがコントロールできないのが会社員です。
こういった問題が発生するかどうかは所属する会社にもよりますが、僕が入社できるような会社、つまり厳格な採用基準を採用していない中小企業で正当な評価を受けたり、自分のやりたい業務をできることはないと考えています。自分が頑張った分報酬を受け取れるうえ、プロジェクトを決定する裁量があるフリーランスは寧ろ安定していると感じます。異論もあるかと思いますが、自分の性格には合っているかと思います。
転職先が選べない
個人的な話になりますが、僕は IT 業界への参入が遅く、プロジェクトを短期間で転々としてきました。加えて大学も中退しているため、転職先はかなり限定されます。独立前に転職活動をしていた時期もありますが、まず書類選考の通過率は非常(10% くらい?)に低いです。書類が通ったところで面接で話を聞くと僕がそれまで所属した問題と同じ問題を抱えている企業ばかりでした。結局転職したところで同じような思いをする可能性は極めて高いと思います。
会社の看板が窮屈
チームでプロジェクトを運営する以上、責任者が存在するわけなのですが、会社員であれば、プロジェクトのメンバとしての責任以外にその会社の社員としての責任も発生します。
単純なミスなど、自分の過失で発生した問題について、あくまで「プロジェクトメンバ」として責任を取ることはありますし、それは当然だと思っています。それが会社員の場合本人でなく上司の責任となったり、営業を通して会社に対するクレームに発展することもあります。社間の話なのでそのようになることは理解できますが、これは本人にとって当事者意識を奪う事態になります。そもそもプロジェクトメンバとして関わっているのであれば、会社の垣根など気にせず、本人を追求して然るべきだと思います。考え方にもよりますが、僕はこういった文化に言い知れぬ陰険さを感じます。
僕も自分の責任で上司に頭を下げさせた経験もありますが、あれほど惨めな思いをしたことはそうそうあることではありません。
不要な制度の数々
僕にとって会社が提供する福利厚生や内外の研修は必要ありません。療養施設などは行く時間などありませんし、手続きが面倒です。研修にしたって内部の有志であれば即効性に欠けるし、外部研修なら役立つものもありますが、やはり即効性には欠けるし、会社に報告書を書く必要があるため面倒です。
誰に言われなくても、必要に応じて自分で書籍なり、講習なりで学習します。人によってはありがたいと思う意見も理解できますが、僕には不要です。
更に言うと有給すらほとんど使い切ることはできません。毎年大量(?)の有給をドブに捨てていました。2019 年あたりから 5 日の有給消化が義務付けられましたが、はっきり言って迷惑でした。「休めるものなら休んでるよ!」って思っていたし、リモートワークになってからは有給の申請をして当日は働くこともザラでした。
絶対数としてフリーランスブームに乗っかった人であれば、思い直すこともあるでしょう。一方で僕のように個人で生きざるを得ない人がいることも事実です。本ブログでは会社員で大きな不満がなければ会社員のままでいることを繰り返し推奨しています。不満があったところで、転職で解消される見込みがあれば、独立するより安全だと思います。
いずれにしても今回の話は考えることが多かったように思えます。僕も一生会社に戻らないと誓ったわけでもなく、複業転職という制度自体は互いに有効な採用方法かなと思います。
脚注