前回 IT 業界への参入の足がかりとして、基本情報技術者試験の参考書を教科書とすることを勧めました。実際会社に所属していたときは後輩から、プログラミングスクールでは受講生から、IT に関する資格、特に最もメジャーな基本情報技術者を取得したほうがよいか尋ねられる機会は多かったように思います。この問いは今後も増えそうなので、ここに整理しておきます。
ここでは前提として IPA(情報推進機構)が主催する国家資格、特に基本情報技術者についての話となります。ベンダ資格(Oracle、Java など)や代理販売資格(AWS、Salesforce など)については、資格がないと業務に支障が出る可能性があるため、会社からの命令であれば、四の五の言わずに取りましょう。
まず結論として、資格取得要否は人によります。お金目当ての人はやめたほうがよい、今後 SE としてやっていく決心がありステップアップ目的の人は取得したほうがよい、ということになります。
まず知っておいてほしいのが、合格したところで箔がつくということはまずありません。非常に残念ですが、これは業界の共通認識です。なぜかというと、取得の有無と業務の成果について因果関係がほとんどないためです。簡単に言うと、持っていなくても優秀な人、持っていてもイマイチな人があまりに多いためで、特に前者については顕著です。寧ろ優秀な人ほど持っていない印象すら受けます。やはり所詮座学のみの資格、コツを掴めば合格できてしまうのは事実です。高校受験、大学受験を乗り越えた人たちがその気になればあっさり合格できてしまうものです。
僕は基本情報技術者、応用情報技術者を取得していますが、資格自体が何かの役に立ったことは一度もありません。職務経歴書に書いてはいるものの、それが採用の決め手となったということはありません。もうちょっと言うと採用面談にしても、常駐先での面談にしても資格については話題に上がったことすらありません。強いて言えば、取得証明書に担当大臣の署名があるため、家族に自慢したくらいです。
但し、新卒のような社会人未経験であれば、意欲的で基礎をおさえた新人として有利な面があることは補足します。
とにかく、資格の所有自体で周りの評価は変わらないということを念頭に置いておきましょう。
それでは、お金目的、ステップアップ目的でそれぞれ考えてみましょう。
お金目的で考える
多くの会社では一時金が出たり、毎月資格手当があります。例えば一時金が ¥10,000 であれば 受験料が ¥7,500(税込、2024年7月時点) のため、一発合格であれば利益になり、毎月であれば、¥3,000/月 だとして 3ヶ月で一回の受験料はカバーし、それ以降はすべて利益となります…すいません、嘘です。これは大きな計算違いというものです。受験までのコストが一切考慮されておりません。社会人、特に SE は自分にかかるコストを意識しなければいけません。
というわけで資格取得にかかるコストを考えてみましょう。例えば初学者が基本情報技術者を取得するとしましょう。合格までに必要な時間は一般的に 300〜500時間程度と言われます。ここでは例として 400時間を必要な時間としますが、計算がややこしくなるため当日受験する時間は除きます(実際移動含めてまる 1日かかります)。受験者の月給が ¥200,000 の場合、時給は月の稼働を 8時間 × 20営業日(160時間)だとすると、
200,000 ÷ 160 = ¥1,250
これが時給になります。それに必要な勉強時間をかけます。
¥1,250 × 400時間 = ¥500,000
これに受験料約 ¥7,500 を足すと ¥507,500 、これが実際のコストとなります。一時金が出る会社であれば間違いなく赤字です。50万円の一時金が出る会社なんて聞いたことありません。
資格手当ではどうでしょう。資格手当 ¥3,000/月として、利益を得ようとする場合、
507,500 ÷ 3,000 = 169.166..(ヶ月 ≒ 14年)
14年務めてはじめて利益が出ます。ただ、この業界は人員が流動的なので、14年同じ会社に所属することはあまりないでしょう。尚、そもそも毎月支給するような会社は稀です。
金銭目的の取得はやめましょう。
SE のスキルアップとして考える
合格者にイマイチな人が多いと言った矢先ですが、受験のメリットも大いにあります。基本情報技術者試験の範囲は情報理論、ハードウェア、ソフトウェア、ネットワーク、セキュリティ、システム開発、情報戦略など多岐にわたり、そのほとんどがシステム開発の基本となります。学ぶ内容について今後根本的な変化はないということです。確かに僕が受験した当時はフロッピーや MO ディスクについて出題されてましたし、アジャイルは先進的な開発手法として扱われていましたし、クラウドについてはその言葉すら存在していませんでした。
しかしそのようなことはほんの一部で、多くの出題内容は現在の時代においても充分学習に値するものが圧倒的に多いと言えます。基本情報技術者の合格レベルの知見があれば、それ以降は時代に応じて知識をアップデートするだけでシステム開発において一通りのバックグラウンドを持った SE と言えるでしょう。
それでも尚、イマイチな人材が多いことについては、受験で身についた知識を知恵として業務に昇華できていないことが背景だと考えられます。いわゆる「詰め込み教育」の感覚で受験して合格した、ということになります。独占資格ではない以上、資格試験はどのように業務に、或いは生活に応用するかが重要です。合格して終わりの入学試験とはまったく意味が異なります。
僕自身は未経験で、なんの職業訓練もせずに IT 業界に転職したため、日々の業務がまったく理解できず、当時はシステム開発を体系的に整理した書籍、特に日常業務に密接した指南書というものは皆無でした。そのため藁にもすがる思いで基本情報技術者試験を受験し、(2回失格したあげくに)合格するに至りました。持っている体系的な知見が基本情報技術者の(いわゆる教科書的な)知識しかなかったため、日常業務ではそれを業務に応用するしかなかったのです。その後、数多くの火事場をたらい回しにされるのですが、毎回扱う言語や開発環境なども変わり、それでも受験の知識とそれまでの経験をフル動員してなんとか成功、とまでは言いませんが、鎮火することができました。システム開発の基礎をおさえ続けたため、応用が効きやすかった、ということです。
SE はシステム開発で万能と思われがちですが、それぞれには得意とする分野があります。それでも専門外について問われる機会は往々にしてあります。実際僕はサーバサイドエンジニアですが、実際はネットワークの構成やセキュリティ対策、開発手法、デザインからサービスの方針についてまで、様々な相談を受けます。どれも専門外ですが、それぞれの基礎は理解できるため(サービスの方針は業種によりますが)、SE 視点でよりよい改善の提案をしています。その結果お客様に評価いただいており、現在の月収は、上記受験コストを 1ヶ月で払えるほどの売上を上げています。基本情報技術者については取得して10年経ちますが、ようやくペイできてきたようです。
要するに資格はその知識の使い方次第ということです。
まとめ
それでは基本情報技術者との向き合い方についてどうするか。僕が推奨するのは、
- まずシステム開発について実践中心に学習を進める
- 知識補完として参考書を学習する
- 一通り理解が進んだら、参考書の幅を広げる
- 参考書を半分以上理解したあたりで気が乗れば受験する
あたりが妥当だと思っています。資格とは結局のところ自己投資です。血肉となることに意味があります。資格合格は次のステップに進んだという、自分に対するご褒美程度と考えてよいかもしれません。それを使って何をするか、それが重要です。
クライアントからすれば、今目の前にいる SE がどんな資格を持っていようが関係ありません。課題を解決さえしてくれればそれでよいのです。知識収集に没頭するのではなく、たかが座学と侮ることもなく、自分の環境に適した付き合い方をすればよいのではないでしょうか。
(…とはいえ合格したときは本当に嬉しかったなぁ)