以前 IT ビジネスの成立ちについて説明しました。今回は多くの人が所属するであろう、IT ベンダ[1]IT ベンダ:システム開発の業務委託を主な生業とする企業の俗称の財務状況と給与の成立ちについて説明できればと思います。え?興味ないですか?コードを書きたい?…なるほど、まぁ、気持ちはわかります。ですが、今回の目的は、
- IT ベンダ特有の財務状況(お金の使い所)を理解し、ビジネスパーソンとして厚みをつけよう
- 自分の給与がどのように決まるが理解し、給与を上げるような取組みをできるようにしよう
といったところになります。結構重要なので、コーディングの気晴らしにでも読んでみてください。損はしないと思います。
IT ベンダの財務事情を知る
まず、システム発注フローのイメージを再掲します。
上記のうち、今回は赤い枠線、つまり、システム開発業者間でのやり取りに注目して説明します。赤い枠線のうち、 2社間の発注イメージをは以下の通りです。
自身が所属する会社(赤い枠線)が元請け企業か孫請け企業かはさておき、上記イメージでは「会社(=所属会社)」、発注する企業を「顧客企業」としています。
顧客企業は会社に対し、条件に応じた対価を支払います。対価は会社にとっての売上となり、その売上のなかから、社員に給与を支払います。この対価の源泉とは、多くの場合、準委任契約により月額で決められた金額(単価とも呼ばれます)です。単価は担当者個人のスキルレベルに応じて決まります。新人の A さんは 40万円、5年目の B さんは 70万円、管理職の C さんは 80万円、といった具合です。社員にそれぞれの単価を知らせるかどうかは会社によると思いますが、自分の単価は知っておくべきだと僕は考えています。これについては後述します。
まず、はじめに重要なことは多くの IT ベンダの売上は技術者のサービス料だけで成り立っている、という点です。自社で開発した製品を売らない限り、勝手に売上が上がることはありません。SE が提供するサービスだけが売上の源泉となります。美容師、医師などと同様、働いて成果を出した分だけ対価が得られる(労働集約型)ということです。接客がない分、これを自覚して業務に臨んでいる SE は少ないように感じるのでここは強調しておきます。
さて、ここで自分の単価をご存知の方は一度はこう考えるはずです。
「あれ?単価70万円なのに、自分の給料半分以下なんですけど…ピンハネされてるぅぅぅ〜〜〜!!」
と、こうした疑問を持つこと自体はよいのですが、それをほかの社員に愚痴ったりしてはいけません。まずは基本的な会社の仕組みを理解しましょう。
例え社員が何もしなくても、会社はオフィスの家賃を支払ったり、社員の保険料を負担したりと、存在しているだけで費用がかかるものです。売上から会社が支払う経費はざっくり以下の通りです。
- 社員の給与と保険料(間接部門含む)
- 役員報酬
- 設備費用
- 教育費用
上記以外にもありますが、まずはイメージを掴むという意味でご了承ください。それぞれについて説明します。
社員の給与(間接部門含む)、役員報酬
まず、人件費についてまとめて説明します。社員の給与についてですが、売上を上げた SE だけでなく、経理や人事など、直接売上を挙げない間接部門の社員も含みます。間接部門の給与は直接部門が賄っていることを覚えておきましょう。
繰り返しになりますが、多くの中小企業においては、SE の売上=会社の売上です。余談ではありますが、自分が会社を支えている、と思うとどうですか。これは決して間接部門の身分が低いという意味ではありません。しかし、多くの会社で売上の主幹となる営業職が花形であるように、IT 業界においては、われわれ SE が花形である考えると、幾分か誇らしく思えませんか。
もうひとつ、役員報酬とは言うなれば、役員[2]会社役員:単に役員と呼ばれる。定義は複雑だが、中小企業においては、会社の株主かつ労働従事者と理解してよい。例としては社長が該当するに対する給与です。これは月々の金額が固定となるよう法律で義務付けられています。
設備費用
オフィスの設備費用のほか、オフィスの賃料、システムやサービスの利用料(会計ソフトなど)、社員に貸与する PC などがこれに該当します。製造業や小売業と比較すると必要な設備はかなり軽微です。
教育費用
会社により予算の大小は異なりますが、SE の技術研修やビジネス講習などのことです。ここに割ける予算が限られるのが中小企業の台所事情ですが、社内に教育体制がないと中小の IT ベンダはただのピンハネ企業と変わりありません。大げさに聞こえるかもしれませんが、人を採用して、プロジェクトにアサインして勝手に成長するだろう、と考えるような組織は、IT リテラシの低い、ピンハネ会社と言って差し障りないでしょう。
組織的な支援がなければ会社に所属する意味がありません。
売上 – 経費 = 利益
売上から上記経費を支払ったあとに残ったものが利益となります。利益は何かの投資に使うのが一般的ですが、大抵の IT ベンダは賞与として社員に還元するか、新しい設備投資に使われることが多いです。利益が多ければ社員の賞与が増える余地があるということです。
IT ベンダの財務に関する特徴
ここまで、必要な経費について説明しました。人件費や設備費用については会社であればどこでも共通するものですが、 IT ベンダの特有の財務事情について 2つ説明します。
特徴①:仕入れの割合が極めて低い
IT ベンダの多くが物理的な商品を販売しません。サービスプロバイダはサービスを提供して売上を上げますが、メーカでもない限り、物理的に製品を製造することはありません。クラウドなどサービス構築に必要な、ほかのサービスを利用しますが、慣習として、それが仕入れと認識されることもありません。
尚、顧客から SE の用命があり、適切な社員が用意できない場合、ほかの同業者から SE を調達する場合があります。その場合、営業手数料を取って、自社の社員としてプロジェクトへアサインさせますが、その場合に限り、同業者へ支払う金額については「仕入れ」という言葉を使います。
作業で使う PC はあくまで作業用の道具であって、PC を販売することはないため、仕入れではなく設備投資となります。以上のことからも相対的に IT ベンダの仕入れコストは他業種と比較すると低いということになります。
特徴②:経費の大半は人件費
仕入れの裏返しとして、費用の大部分は人件費です。他の業種でも経費として割合の大きい人件費ですが、IT 業界においてその割合は突出しています。正確な数字ではありませんが、一般的にコンビニの人件費割合が 10〜15%、大衆向けの外食が 35% 程度と言われるところ、情報通信業は 55% です。ただし、情報通信業にはキャリア 3社など非エンジニアを多く抱える企業も含まれるため、純粋な SE だけを組織する IT ベンダであれば 50〜70% は人件費と考えたほうが正しいでしょう。
給与の仕組みを知り、自分の相場を知る
給与の流れを説明したところで、ここからは SE の給与について、現実的にもう一歩に踏み込んで説明したうえで、どのようにすれば会社が給与を増やすことができるかについて説明します。
年次が進むにつれて利益率は下がる
SE の給与の仕組みについては上記でも話した通り、社間で契約された金額から経費として給与が支払われます。当然会社としては(新人を除き)赤字となるような単価では契約しません。プロジェクトへのアサイン前に会社員の給与は確定しているため、給与に応じた単価で営業することになります。これが何を表すかと言うと、単純にプロジェクトの単価を上げることができれば、給料が上がる可能性が高まるということです。
但し、単価が上がれば必ずしも給与を上げられるとは限りません。SE の価格について落し穴があるので、先にそちらを説明します。2021年時点で、経歴による単価相場は以下の通りです。
- 新人・未経験:35 〜 50万円
- 2 〜 4年目:50 〜 65万円
- 5年目以降:70 〜 80万円
これはあくまで目安であり、中小企業で Web システムを請負った場合の相場感です。ポジションや使うスキルによって上下するのでご注意ください。逆に 5年目以降はポジションとスキルによって変動します。大きく上下することは稀です。正確には 5年目以降というより、単価 80万円で頭打ちになります。80万円を到達した中小企業の SE はほとんどそれ以上単価は上がりません。
新卒で入社して、それなりに優秀な人材であれば、30歳になるころには売上が頭打ちになるのですが、当然 30歳で昇進や昇給が止まるわけではありません。20代と比較して穏やかにはなりますが、基本的に(どんなにしょっぱくとも)給与は上がり続けることになります。つまり、それなりに優秀な SE であっても 30代以降、利益を徐々に圧迫し、40代ではほとんど利益を生まなくなります。40代の給料を賄えるとしたら、チームをリードし、顧客との折衷をするようなマネージメントをする必要があります。ただ、SE という人種の多くはマネージメントすることを好みません。そのため技術者に留まることになります。そして、非常に残念ではありますが、利益を生まないどころか、毎年赤字を垂れ流す社員が組織には必ず存在します。成果が出せない、勤怠が悪いなどの理由でプロジェクトを転々として、最終的に安い単価で買い叩かれた社員です。会社としても、それまでに上がった給与を簡単に下げることはできません。これらの社員にちゃんと対策のできる会社は少ないでしょう。
本件からは話が逸れますが、会社は慣習的・法的な背景から優秀な社員を贔屓するのではなく、お荷物社員を保護するように機能します。具体的には、懲戒にならない程度にうまく手を抜ける人が得をする仕組みになっています。これは善悪の問題ではなく、会社の構造上そうならざるを得ないという話です。これは忘れないようにしておきましょう。
会社が利益を確保する仕組み
このようにして圧迫される利益を社員の給与を下げずに補填するためにどうすると思いますか?
まずひとつは若年層の売上で補填します。給与の低い若手は新人価格であっても充分利益が確保できます。会社はいかに 20代のうちに充分な利益を出せるよう教育するかが事業戦略上、肝要になります。
ふたつめはどんな中小企業にもひとりかふたりくらいはいる、メチャ優秀なプロジェクトマネージャかプロジェクトリーダがほとんどひとりで売上を突出させるというパターンです。こういった人材は会社がどうであれ主体的で優秀です。言われなくてもメンバを教育し、チームをリードし、成長させます。自身はクライアントからの信用も厚く、給料を賄える単価を契約し、若者をうまく使いこなし、そこでも利益を確保します。(ただ、このような優秀な人材はふといなくなったりするのですが、それについては別記します)
自己単価を上げる取組み(総論)
単価を上げるための施策とは何か。ここでは至極退屈な結論を出すことになりますが、それは確かな技術を身に付けたうえで顧客のビジネスに貢献する、という一点のみです。
上記に単価の目安を記載しましたが、それなりの努力をしても、このテーブルに乗らない SE もいます。会社の営業努力が足りない可能性もありますが、単純に成果を出せず、会社が相応の値段で提示してしまっていることもあります。これは組織としての教育の問題でもあり、本人の努力不足(或いは正しい努力不足)が原因でもあります。未経験でも要領よく成果が出せる人もいれば、業務時間内だけでは技術が身につかず成果が出づらい人もいます(僕は間違いなく後者です)。個性はともあれ成果が出ていないということは、現実として顧客に貢献できていないということです。プログラミングやエンジニアリングは思考に思考を重ねます。思考を放棄したまま 2年、3年と経って勝手に能力と単価が上がるかと言えば 断固 No です。これは原則なので揺るぎません。
若手の美容師は業務後に店舗に残って毎晩遅くまで技術的なトレーニングを積むと聞きます。そして何年もして、ようやくクライアントの髪を切るという名誉を授かるそうです。SE は自宅でいくらでも勉強可能で、就職すれば遅くとも数ヶ月で実務に携わることができます。こんな贅沢な境遇をものにするかどうかは個人にかかっています。
想像していただきたいのが、新人が 35万円以上として、決してほかの業種と比較してかなり高単価であることがわかります。なぜそのような金額を顧客は払うと思いますか?業界の慣習でもあるのですが、これはお付き合い、或いは期待値として支払っているに過ぎません。顧客としても IT ベンダの財政が悪化することは望ましいことではないので、条件つきで新人の参画を承諾します。条件とは、ほかの社員が新人のフォローをして品質を確保したり、顧客側の新人のフォローも一緒にしたりするなどです。チーム全体の成果物は維持する必要があります。
SE の単価はボリュームゾーンで 65〜75万円あたりです。決して安くない金額です。顧客の立場に立って考えた場合、そのような金額を自分は自分に支払うと思いますか?顧客としても相応の努力をして出した売上や利益を投資としてわれわれに支払うのです。生半可な気持ちで取り組まれたのでは目も当てられないでしょう。単純に比較はできませんが、外食して接客に入ったスタッフに質の悪いサービスを受ければ、食事は味気なく、場合によっては台無しになることもあります。システムエンジニアリングサービスもこれによく似ていて、結局最終的に質は人に依存するということです。SE はあらゆる意味で全員裏方であると同時に全員当事者です。とかく勘違いされやすいのですが、接客をしない(直接モノを売らない)ことで当事者意識が低くてよいということにはなりません。当然、努力をしなくてよい理由にもなりえません。
それでは具体的にどのような努力が必要なのか。今回は金銭の流れを中心に話をしました。具体的行動についてはほかの記事で紹介しているスキルやマインドをコツコツと実践することかと思います。
脚注